


韮崎市は、山梨県北部にあり、甲州街道、峡北地区の玄関口という位置づけで、宿場町として栄えた町であります。
戦国時代には武将、武田信玄公の武田家発祥の地でもあります。
甲州北部の中心地であったこの地は、経済流通の拠点として栄え、
昔からお祭りなども盛んでした。
特に市の中心地にある若宮八幡宮の祭典は、「かわらべさん」と言う名で親しまれ、大勢の人でにぎわい、あらゆる市内の神輿が、一日中町内をねりまわる、
まさに地域の発展を象徴したお祭りであったと聞いております。
しかし近年は、中心市街地の衰退化が進むにつれ、かつての町の賑わいは失われ、祭典でのおみこしも、その活気が薄れてきていました
当時青年部では、若い人が地元を離れ、町がだんだんさびしくなっていくことに危機を感じ、
せめて『「何があっても、この日だけは、ふるさと韮崎に戻ってこよう」そういうお祭りを韮崎に作りたいんだ』。という気持ちの高ぶりが、皆の一致する所であり、もう一度かつてのお祭りの賑わいを復活させようじゃないか。という取り組みを始めたところでした。
そしてそのおまつりが、
「みこしまつりinにらさき」の始まりでした。
最初のイベントは、名前すらなく、町内のお神輿をお願いして集め、担ぎ手も、部員達でかきあつめた100人ほどで、大騒ぎしたところからはじまりました。
近年、担ぎ手も1000人にせまるまでになり、7月30日の駅前通りには一万人を超える人が集まり、当初は数基の神輿でしたが、現在は20基あまりの神輿が、地元商店街の、露店がつらなる、歩行者天国の群衆をかきわけ、練り歩く祭りとなっております。
祭りの中には、甲州ろうあ太鼓をはじめ、韮崎工業高校など、特色ある太鼓の団体の競演もあり、神輿の波と張り合うように演奏しています。、ろうあ太鼓ですが、耳の不自由な人たちによる、ストリートでの演奏です。
当初は 安全の確保の問題であるとか、アスファルトでは振動が伝わらず、リズムが取れない、などの問題もありましたが、肌や骨に伝わる振動のみで十分な演奏ができるようになり、いまや太鼓演奏の中心として、お祭りをもりあげてくれています。
近年では、、よさこいソーランなど、イベントも加わり、
今年(2007)は、アフリカ太鼓の演奏(ジェンベ)や台湾の踊りも加わります。
みなさん7月30日は、どうぞ韮崎に遊びにいらしてください。
みこしまつりinにらさき


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ありがとうございます!!




注) 現在、お神輿の上に乗る事は、
禁止事項です